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藤木組の歴史は、南大阪の発展を支える技術と信頼の積み重ねでもあった。

建設は、建築物を核としてその周辺に新たな感動を創造することに他なりません。歴史をひもといてもそれぞれの時代、それぞれの場所で建築物が、ドラマを生み出し、あたたかな人の暮らしを育んできました。藤木組は創業以来、南大阪を基盤に多くの人々の協力と信頼を得て、建設事業を推進し、技術研鑽に励んできました。上野芝から関西に広がる街づくり、その結果として数々の建物が、その歴史の重さを教えてくれます。そう、私たち藤木組の歴史は、ふるさと南大阪の発展を支える、技術と信頼の積み重ねでもありました。

感謝状

藤木組の歴史

昭和5年、一本の橋が架かったことで人々の生活や産業は格段に便利なものになりました。
大阪府初の鉄筋コンクリートの吊り橋としていまでもその当時のままの姿が保存されている「万年橋」。
昭和5年、藤木組の歴史は、この橋の建設とともに始まったのです。以来、私たち藤木組は建設というテクノロジーを通して地域の活性化に生活の向上に貢献し続けています。

1923年 上野芝駅周辺の開発に尽力した
1928年 地域密着の建設事業を展開して堺市の発展に貢献

創業者の藤木好一は、1928年(昭和3年)、阪和電鉄排水工事(現JR阪和線上野芝~津久野間)を請け負い、阪和線開通と上野芝駅の設置に尽力しました。その後、住宅が増えて、上野芝は見違えるように発展しました。

大阪府初の試み

1930年 大阪府初の試み

万年橋は、1930年(昭和5年)に藤木組が大阪府の技術指導を受けてつくったものです。鉄筋コンクリートのアーチ橋は大阪府でも初めての試みでした。洪水でも地震でも壊れず万年持つようにと、橋の名前がつけられました。

1932年 建設業者の鑑礼を取得

932年(昭和7年)、創業者藤木好一は建設業者として認可を取得、万年橋工事等による実績が認められて踞尾村から感謝状を贈られました。藤木組にとっては大きな節目となった出来事であり、ここから藤木組がスタートしました。

踞尾小学校(現津久野小学校)の校舎建設

1934年 踞尾小学校(現津久野小学校)の校舎建設

当時としてはめずらしい鉄筋コンクリート造りとあって、地域発展の画期的な出来事であり、藤木組にも記念碑的な公共建設事業となりました。

JR阪和線(上野芝駅)と泉北1号線との立体交差工事

1975年 JR阪和線(上野芝駅)と泉北1号線との立体交差工事
現在 2032年、創業100年に向けてさらなる南大阪への貢献と発展を目指す

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